複雑性PTSDや発達性トラウマの克服が難しいと言われる理由

複雑性PTSDや発達性トラウマを克服するのが難しいと言われる理由を考えてみました。

まず、問題の特定が大変です。問題がある事に気づかない、問題がある事に気づいても問題を特定するのがなかなかややこしい、問題が複数ある。

次に、セラピーの手法があるようでなかったり、そして、複数の手法を上手に組み合わせてやっていくことが大切だけど、スキルがかなり必要。ある特定の症状に対しては効果的な手法があるけど、全ての症状に対してあるわけではない。また、1つの問題のセラピーをしている最中に他の問題が現れて来ることがある。いかに対応するか、対応できるシステム作りをするかが大切だけど、そこまでなかなかできない。さらに、愛着の問題に帰着した場合、セラピストさんとのカウンセリングが必要となるが、依存の問題があったり、また、仕事として対価は必要だがビジネスライクにしすぎると、愛着再形成は難しいなど、人間相手の人間臭い問題が出てくる。

具体的は、例えば、複雑性PTSDは、記憶を封じ込めてることも多いです。全く覚えてない場合もありますし、何となくあった気はするけどあった事を認めてないというか、普段はそれがなかったことにしているというケースもあり、私は後者だったように思います。乖離、とはまた別の表現になるのかもしれませんが、こんな事があったねとその事象とリンク付けのことが発生すると思い出すのですが、普段はなかったことにしてたのではないかなと思います。例えば、映画で似たシーンがあったり、大きな音を聞いたりすると、昔こんな事があったと泣いて信頼してる人に訴えかけるのですが、それを改めて聞かれると、そんなことは無かったよ、と答えてしまうというか。他人から見たら矛盾した発言に見えるかもしれないし、感情的に辛くて答えたくないから言わないのかな?と思って下さるケースもあると思うのですが、辛いからという以前に、なかったことにしていることこそ問題なのですが、そこに切り込んでいくのは大変勇気がいるし、また、思い出した時の反動もかなりあるので、安易には出来ない、などがあるように、思う。

  • ナラティブを語れるようになること

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